「山伏装束」との出合い

国宝羽黒山五重塔

羽黒山伏「しめ」の結び

 山伏装束の結びとの出会いは2010年のくくのち学舎企画・山のシリーズ2「里山伏入門編」でした。
羽黒山伏の星野尚文氏(山伏名)をお招きして羽黒山での修行について映像と共にお話し頂くというものでした。その際に主催者である石倉敏明先生が山伏装束を身に付けて出ていらして、首に掛けられた「しめ」の結びに目が釘付けになりました。山に入る時に付ける「しめ」の結びは「あわび結び」「叶結び」というシンプルなものの組み合わせでしたが、そのデザインはこれまで見たことのないものでした。山伏修行の様子も山伏装束も初めてみましたし、「七五三」を「しめ」と読む事もこの時知りました。


 これをきっかけに山形への旅に出ました。まだ雪深い羽黒山でしたが「いでは文化記念館」で雨靴を借り、樹齢300年クラスの木々に囲まれたまっ白な雪道を歩きました。人もまばらで水の音と雪道を歩く自分の足音だけが聞こえ、徐々に無心になっていきます。歩を進めるうちに五重塔が目の前にスーッとあらわれ、信仰の深さを感じさせる佇まいとその美しさは雪景色でさらに際立ち、しばらく塔のそばで過ごしました。あの清々しい空気感は今でも強く記憶に残っています。

 
 その後「いでは文化記念館」に戻って展示を見ました。山伏の笈に付けられた真っ赤な紐の「あわび結びが」目に留まり、解説には血の色を表しているとありました。その次に大注連おおしめといわれる結びに出合います。撮影禁止とのことでメモ帳に紐の動きを描き書き留め、東京に戻ってからわかる範囲で再現を試みました。そのデザインは紐が下から上へあがり戻るという不思議な流れで、仏教的な結びの部分と僧侶が袈裟の上に付ける結びにはない開放感があります。
 結界でもある結びを「しめ」に取り入れたのはいつ頃の時代なのか、どういう人々が考案した結びなのか、出羽三山の山伏装束への興味は尽きず、この時から「山伏と結び」「山岳信仰と結び」というテーマが私の中に生まれました。

 この旅から数年後、知人の紹介で星野先達せんだつの宿坊を訪ねます。(詳しくは「鶴岡への旅・ばんどりと民具」◆旅の思い出にて) 先達が手向とうげ地区の宿坊「大江坊」の大江さんに注連しめの結びのレッスンを手配して下さり、羽黒山の「しめ」の結びを習うことができました。以前「いでは文化記念館」でみた結びの話をしましたら、それは「大注連おおしめ」でしょう、と見本を二階から出してこられて見せて下さいました。教えるには時間が足りないので一つ見本にどうぞ、と頂いた時は本当に嬉しく、先達にも大江さんにも心から感謝しました。
 私の走り書きのようなメモと基本的な結びはだいたい同じでしたが、結び始めや最後の始末などはかなり複雑で難解なものでした。再現には数日かかりましたがようやく大注連が完成。
「いでは文化記念館」で大注連の結びを見てから8年が経っていました。