インカ帝国のキープ

Khipu チャチャボヤス地方 レイメバンバ博物館 インカ帝国展図録より(国立科学博物館)

古代アンデス独自の記録管理装置

 インカの言語であるケチュア語でキープは「結び目」を意味します。文字を持たなかったアンデスでは情報の記録、伝達手段をキープが担っていました。古代文明の記録の方法としては何らかの記号を印とし、パピルス、粘土板、亀の甲羅、樹皮の上に残す方法がありますが、繊維工芸に熱心だったインカの人々は紐に結び目を作って記録するシステムを生み出しました。
 キープは糸でできた三次元の物体であり、使われる素材の種類や色が豊富で、この三次元性と視覚的多彩性という特徴は他の文明の書記システムとは全く異なっているといいます。

2012年 マチュピチュ「発見」100年 インカ帝国展図録より

 結び目の位置がある程度固まっているものは「暦」「納税データ」などを示していると言われます。中には十進法に従わないキープもあり、音節あるいは単語によって、色と結び目の組み合わせが決まっていたのではないかとする分析もあります。一般的には「神話」「ライフヒストリー」「戦いの報告」などを語る際に参照された数値や固有名詞を示す記号が含まれているとも考えられていました。

写真:左・中-ペルー北東部チャチャポヤス地方で発見された。写真:右 保管時のキープ(ペルー中央海岸地方)
マチュピチュ「発見」100年 インカ帝国展図録より 

 2019年、大阪の国立民族博物館による「アンデス文明の起源を求めて」という講座に参加しました。そこで1958年から長年にわたり日本からアンデス調査団を送りこみ、研究しているということを知りました。関雄二先生が「無形遺産と歴史遺産では立場が違う。歴史遺産は考古学の学者の方が詳しいが、無形遺産はその地方の街の人の方が詳しく知っている。地元の人が困るようなことがあってはならない。」とおっしゃったのが印象に残っています。
 また、私は文字がないからキープという結び目を伝達の手段にしたと思っていましたが、そうではなく「文字を捨てたんです」というお話にも驚きました。インカ帝国にはおよそ100の部族と民族集団がいたそうです。文字がなかったのではなく多言語社会だったことから文字を捨てたといいます。文字をもたないことで建物や地上絵など、文字社会にはない独特の表現が生まれ、キープという結び目もその一つだといいます。

 中国で甲骨文字が紀元前1300年からあったことを思いますと日本での文字の使用時期はかなり遅いと感じさせられます。「隋書倭国伝」に5~6世紀の日本について「文字なし、ただ木を刻み、縄を結ぶのみ、仏法を敬す。百済において仏教を求得し、始めて文字有り」と額田巌氏の著書「ひも」の中にあります。日本独特の結びの文化も文字社会の訪れが遅かったことと関係があるように思えてなりません。