書と結びの二人展 「七夕供」の室礼 

秋の七草の蝙蝠(かわほり)扇と七宝編み 花結び(桔梗)

2011年8月5日~8日 下関市長府毛利邸にて

 五節供の一つ七夕は、日本古来の棚機津女たなばたつめと中国から伝わった星伝説、糸に針を通して裁縫の上達を祈る乞巧奠きっこうでnという行事が習合したもの。奈良時代には芋の葉の露で墨を磨り、梶の葉に和歌を書いて供えるという、優雅な行事が宮中を中心に広まりました。
 また、旧暦の七夕は夏の収穫期にあたり、神に作物の実りを感謝する収穫祭の日でもありました。自然の恵みに感謝し、移りゆく季節に心を寄せて想いを形にする室礼しつらい。いつもの空間はひと時「七夕」という行事に想いをはせるハレの場となります。しかし3月に起きた東北の地震の爪痕も生々しい今、毎年の行事を行える幸せをかみしめ、七夕の室礼の中に鎮魂の想いを込めました。

今回はなんといっても、この「大短冊」。
麻布に般若心教を書いたもの。そして5枚の布に陰陽五行の5色の紐で仏教的な結びや祇園祭の角房に見られる結びを施し、それぞれ麻布の真ん中に掛けました。(手前から紫-白-黄-赤-緑)
竹は、毛利邸の裏庭で採取した金明竹きんめいちくを使って長押なげしや梁に掛け、建物を傷つけないように工夫しました。私たちの室礼はいつもこの建物に助けられています。

入口の襖絵の部屋を暗くして鎮魂の灯を。循環を表す結びを灯りの上に置きました。
奥の間の灯りは送り火として坂本さんが作った行燈。宮廷の儀式を既述した「延喜式えんぎしき」には七夕の室礼に琵琶びわや琴など楽器の記述があるということで江戸時代の本に伝わる琴袋の結びを灯りに掛けました。

 
 奈良時代には芋の葉の露で墨をすり、七枚の梶の葉に和歌を七首書いて供える優雅な行事が宮中を中心に行われていました。付け書院には坂本さんが春日大社で求めた五色の筆と私の曽祖父が使ってい秋の七草柄の文箱を置きました。床の間には「文房四宝ぶんぽうしほう」の包み結びを折形礼法に倣って施しました。

 
 違い棚にはお仕覆の結びと、夏扇といわれる蝙蝠かわほり扇。季節を先取りして秋の七草の柄にしました。
小倉織のブランド、小倉縞縞の生地で仕立てたお仕覆は、「横封じ結び」「五枚笹結び」「桔梗結び」。下段はガラスの器に水を張り梶の葉を浮かべて、隣には五色の糸を通した針と小さな着物。
裁縫の上達を願う「乞巧奠きっこうでん」にちなんで「京の七夕さん」と呼ばれるかわいらしい紙の衣を作る習俗があることを知りました。家に残る古布を着物に仕立てて頂きそこに結びを付けました。「七夕さん」は本来木版刷りにした和紙を切り抜いて針でぬって着物に仕上げたものだそうです。


 江戸時代には寺子屋の子供達を中心に七夕の笹飾りも始まります。短冊に使われる「青・赤・黄・白・黒(紫)」の五色は中国の陰陽五行説に由来するもので、五色それぞれ「仁・礼・信・義・知」という五常の心を表しているといいます。
 玄関からすぐのお部屋に笹飾りをと思いましたが、笹は一日で葉がくるりとなってしまうのが課題でした。毛利邸の裏庭にとても珍しい「金明竹きんめいちく」という、黄色に緑の線の入った竹があり、「これでよかったらいくらでもお使いください」と館長さんが言ってくださり、解決。
毎日竹を切って頂いて、その度にみんなで短冊や五色の糸を掛け替えることになりましたが、毎回違う展示になり思わぬ楽しみとなりました。毛利邸の皆様、毎日本当にありがとうございました。思えば、贅沢なことでした。

 京都のお店に注文した「七夕の紙衣かみこ」を紐だけ自分で取り換えてみました。花結びを添えたり、紐の色を工夫したりと楽しい作業でした。京都のお料理屋さんで出して頂いた梶の葉がとても奇麗で、押し花のようにして乾燥させてみました。和紙を三角に折ってこの葉を包んで七夕のお飾りとしました。

 
 毎年の行事が続けられる幸せを震災にあった東北の人々の姿から学びました。長く伝わる行事の開催に全力を挙げ、規模は小さくともその祭りの姿に涙する人々の気持ちに触れて、再生への想いを強く持ち続けることができるのは続けてきたからこそなのだと、あらためて年中行事の意味を考えさせられました。震災前の生活のひとこまが戻ってきたことがどれほどの喜びだったか、私には想像しかできませんが、それでもやはりその姿に涙がこぼれました。